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10:00 17:00
Text: Hisashi Ikai
Photo: Yikin Hyo
Journal 002

等身大の自分を映し出す、
空間のふるまい。
深大寺の家

デザイン&アートの目利きとして知られる名バイヤーが手に入れたのは、隣接する緑地との対比が美しい赤い家。信頼する建築家とともに施主が作り上げた暮らしの奥行きとディテールを伺いました。

Product
乾太くん
G:101
Architect / Designer
ケース・リアル

ステイホームで気づいたこと。

東京都調布市の名刹、深大寺の北側に広がる住宅地には、たくさんの緑地があります。街を散策していると豊かな緑の隙間にしっとりとした深い赤茶色の建屋が顔をのぞかせていました。

「この一帯は、植木屋さんの“生産緑地”なんですよ」

そう説明してくれたのは、この美しいベンガラ色の家に住む山田遊さん。〈生産緑地〉とは、良好な生活環境を確保するために法律で守られている市街区域内農地のこと。深大寺の一帯は古くから造園業者が多く、山田さんの隣地も多品種の植物の苗木が育成するための区画として事業者によって常に管理がなされています。

「自分で手入れをする必要のない庭が目の前にあるんですから、借景としては最高です」

賃貸住宅で暮らしていた山田さんが家を建てよう思い立ったのは、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大で世界が揺れ始めたとき。渋谷で〈(PLACE) by method〉というギャラリーを運営する傍ら、店舗のディレクションやアート&デザインのバイイングも手がける山田さんは、自由に全国を飛び回る毎日。しかし、パンデミックで状況は豹変。突如自宅での軟禁生活を強いられることになってしまったのです。

「いくら素敵な家具やオブジェを飾っても、仮住まいの家ではすべてが自分の思い通りになりません。だって、壁紙もフローリングも、窓枠や巾木などは、既存のものですからね。家にいる時間が多くなるほど、そんなディテールのすべてが気になってしまって」

自然豊かな土地への移住も頭をよぎるが、東京生まれの山田さんには、決め手になる行き先がありません。そんなときに蕎麦を食べるために訪れた深大寺で見つけたのが、この緑地でした。

内と外を繋ぐ、絡み合う境界。

「僕はすぐ隣の三鷹市出身なので深大寺には土地勘がありましたし、見つけた土地は前と右隣の二面に生産緑地があって景観も最高。さらに、実家と同じくらいのほど良い広さだったので、ここなら自分たちもすぐに馴染めるはずだと直感したんです」

仕事柄、多くの建築家やデザイナーと付き合いのある山田さんですが、迷うことなく指名したのは、ケース・リアルの二俣公一さんでした。「プロダクトデザインの精度で空間や建築のディテールを積み上げていくタイプなので、細かいところが気になる僕の感覚も設計に取り込んでくれると確信していました」とその理由を話します。

そんな2人が目指したのは、大正から昭和初期に生まれた日本のモダニズム住宅の進化系でした。土間やむくり屋根など、日本独自の建築様式を新たな文脈で読解。ミニマルながらも開放感たっぷりの居心地の良い空間を作り上げていったのです。

家のなかを探検するなかで、面白い特徴に気付きます。玄関脇の作り付けソファが土間にちょこんと突き出ていたり、ダイニングテーブルが訪問客を迎え入れるカウンターを兼ねるなど、この家には明確な間仕切りがなく、居室の境界がぼんやりと絡み合っているのです。

 「ここは自宅でもあるけど、ギャラリーとしても一般に開放することを考えていました。だからこそ、できるだけ外と内をゆるやかに繋ぎ、街に開いたような家にしたかったんです」

住まい手に寄り添う、
ディテールの作り込み。

山田さんが特に気入っているスペースだと案内してくれたのは、家の外観に合わせるように、少し赤味がかった石を混ぜて仕上げた洗い出し、アプローチとひと続きになった土間でした。吹き抜け上部の天井は、むくり屋根を優しく撫でるように緩やかな曲面を描いています。そのカーブに映り込む光のグラデーションがあまりにもきれいで、無意識のうちにぼんやり眺めてしまうそうです。

「吹き抜けのおかげで2階の床面積は小さくなりましたが、この天井が視界の広がりを感じさせてくれるので、窮屈な感じはまったくしないですね」

壁と天井、造作家具が交わるすべての入隅*2に3mmの隙間を敢えて設け、ひび割れを防止するとともに、家の輪郭を描き出すように空間にメリハリをつけているのもポイント。そのほか、一枚もタイルの面割りをすることなく配置して整えたり、狭い廻り階段の移動がスムーズに行えるように踏み面の傾斜を微細に変えるなど、家全体をミリ単位で調整していることに驚かされます。

「時間を過ごすほどに、二俣さんが僕と妻のことを考えて、ディテールをきちんと整理してくれていたことに気付かされます。ビスポークで作ったスーツのように、僕たちにぴったりと合っている空間です」

 

洗濯革命が、暮らしを変えた。

施主の快適でスマートな暮らしをサポートするために、設計者が積極的に導入を促したのがガス衣類乾燥機〈乾太くん〉でした。

眺望や採光のことを考え、戸建て住宅ではベランダや屋上を設置します。ここに十分な広さが確保できれば、寝椅子を置いてくつろいだり、ガーデニングを楽しむ余暇の場所になりますが、多くの場合は洗濯物の外干しスペースとしての活用が一般的でしょう。しかし、こうした空間も設計上は床の一部として計算されるため、ベランダの設置は家全体の容積率との比重を鑑みなければなりません。限りある都心の土地を無駄なく、有効に活用したいと考えた二俣さんは、当初からベランダや屋上をプランに入れず、代わりに乾太くんを入れるスペースを示したのでした。

「以前住んでいた家では、洗濯乾燥機とベランダでの外干しを併用。天気が悪い時はコインランドリーに走ることもありました。改めて考え直してみると、ベランダを物干し以外の目的で使うことはなく、掃除もひと苦労だったんです。でも、乾太くんを使うようになってから、僕たちの洗濯時間には革命が起きました。ブランケットなどの大物も洗濯と乾燥を合わせて1時間もかからず、フカフカの仕上がりに。QOLが一気に高まり、洗濯機とベランダを往復していたこれまでの日々はなんだったんだろう、と今では不思議に思ってしまうほどです」

自然に息づく暮らしの態度。

キッチンのクックトップにブラックガラスのガスコンロ〈G:LINE〉を二俣さんがセレクトしたのは、意外だったと振り返る山田さん。

「あまり光沢のあるものを家に置いたことがなかったので、最初はどうだろうと思ったんですが、実際には黒いガラス面に周囲の景色が映り込んで存在感が消え、控えめに感じられますね」

操作性が良く、掃除も簡単。以前はガスコンロの掃除は面倒に感じていましたが、いまではピカピカに磨き上げたいという気持ちの方が強いと話します。

ガスコンロから流しを経て、長さ8mに及ぶ特大のキッチンカウンターの上には、山田さんの「いまのお気に入り」が並ぶギャラリースペース。新居に越すにあたり、持っていた古物はほとんど手放し、等身大の自分を示すものはなにかを考え直しました。

「自分で建てて初めて体感したのは、家が実にいろんな素材、色、質感の組み合わせからできているという事実。その全ての要素が手を繋いで、調和が取れてこそ本当に居心地の良い空間になる。だからそこに置くすべてのものもより意識的に見られるようになったのかもしれません」


暮らし始めて3年を経て生活のリズムも整い、この家で過ごす時間がゆとりに溢れ、より豊かに感じている山田さん。「ちょっと飛び出た庭の木の枝すらも愛おしく感じられるんですよね」。お気に入りの土間からエントランスの植栽を眺めながら、くつろいでいる表情が印象的でした。

1階
2階
題名
深大寺の家
所在地
東京都調布市
主用途
住宅
設計
ケース・リアル / 二俣公一・山本佳奈・有川靖
施工
吉田工務店
構造
木造
階数
地上2階
建築面積
46.36㎡
延床面積
82.73㎡
設計期間
2021年4月~2022年4月
工事期間
2022年4月~2022年11月
Rinnai使用機器
ガス温水式床暖房 床ほっとE
ガス給湯暖房用熱源機フルオートタイプ RUFH-E2406AW2-1
ガス給湯暖房用熱源機セットリモコン MBC-302VCF(B)
浴室リモコン、台所リモコン X1
ガス衣類乾燥機 乾太くん RDT-80(A)
G:LINE 1口ガスドロップインコンロ RHD312GM1RA X2
G:LINE 2口ガスドロップインコンロ RHD322GM1TA
Architect / Designer
ケース・リアル

二俣公一が2000年に設立した設計事務所。住宅のみならず、インテリア、ホテルやキャラリーなど、幅広いプロジェクトを手がける。主宰の二俣公一は1975年鹿児島県生まれ。大学で建築を学んだ後、独立。福岡と東京の二拠点で活動を展開。代表的な仕事に「鈴懸」「アーツ&サイエンス福岡店」「海のレストラン」「DDD HOTEL」「CHALET W」「イソップ」 など。

ケース・リアル
Web: https://www.casereal.com/