We are open now. We are closed now.
10:00 17:00
Text: Hisashi Ikai
Photo: Shuhei Tonami
Journal 008

うつろう情景が家族を繋ぎ
暮らしを育てる。
目黒の家

季節とともに自然の景色が変わるように、人の日常もさまざまに流転するもの。
「目黒の家は」には、こうした日々の変化を受け止め、家族の成長を静かに見守る空間が広がっていました。

Product
乾太くん
Architect / Designer
手嶋 保/手嶋保建築事務所

街に開くことで生まれる安心感。

「どの時間帯に、どこに居ても、本当に気持ちがいい家なんですよ」。これまでに味わったことのない充実したおうち時間を過ごしていると話すのは、この「目黒の家」に住み始めて1年半のKさん一家。地上2階地下1階の家のなかを移動するたびに、さまざまなアングルから静かな光が漏れ入り、美しい陰影を描き出しています。しかし、都心に建つ一戸建てだけに、近隣の家との距離はさほどなく、目の前を貫く街路の道幅もそれほど広くはありません。それにも関わらず、家のなかは開放的な空気に満ち溢れ、ゆったりと穏やかな感覚に包まれているのはなんとも不思議なこと。これには取り巻く環境を鑑みながら最適な住宅のあり方を構築していく建築家、手嶋保さんの建築哲学が色濃く反映されています。

手嶋さんによれば、一帯には長年住み続けている人が多く、地域のつながりがしっかりとしており、敷地前の狭い街路を通るのも馴染みの人たちだけ。信頼のおけるエリアだからこそ、家を塀で囲まずに街に対して開いた存在にすることが可能だったそうです。

 一方で、家のなかでは住まい手も一ヶ所に止まってじっとしているわけではなく、日常生活において移動を繰り返し、さまざまに活動するもの。そのため手嶋さんは設計時もさまざまなシークエンスを思い描き、多面的かつ動的な視点からグラデーションのあるプライバシーが存在する空間を実現させていきました。

意識を繋ぐセミオープンな居室

「目黒の家」は、ファサード側に天井高がたっぷりとした開放的なリビング棟を配し、奥まったエリアに各々の居室を3層に重ね合わせた構成になっています。異なる機能と役割を持つ2つの棟が、中庭と階段室を介してスキップフロアのようにシームレスに繋がっています。

「以前は2LDKのマンションに暮らしていました。広さは十分でしたが、主人が好きな服や器、アートなどの膨大なコレクションと子供たちの持ち物で個室は埋め尽くされ、夜はリビングに布団を広げて寝るという生活。子供の成長や家族の将来を考えると、早急になんとかしなくてはいけないと思い悩んでいました」

手嶋さんに相談して至った結論は、団欒するスペースと一人ひとりのプライベート空間をセミオープンな形で区分すること。十分なストックルームを備える地下1階はご主人用。化粧台付きのウォークインクローゼットを備えた1階は奥様用。そしてワークデスクを作りつけた廊下に面した2階には、中学2年生の長男と小学5年生の次男のための子供部屋と、それぞれの個室をしっかりと確保。一方で居室の入り口に扉はつけず、天窓から柔らかな光を取り入れる3層吹き抜けで緩やかにリンクさせています。

「互いの存在を意識しつつも、好きな時間を楽しむ。前よりも相互を尊重し合う“ちょっと大人な関係”が築けるようになった気がします」

成長した時にわかる、いい家。

 自室を持ち、程よい距離感の関係ができても、男子2人まだまだヤンチャ盛り。ときおり熱中する漫画やゲームを部屋から持ち出し、リビングでだらけた時間を過ごすこともしばしば。

「子供たちが自由気ままに過ごす様子は微笑ましくて、ぼんやり眺めているのは好きです。でも、せっかくこんなに美しく、素敵な家をつくってもらったんだから、前のような乱雑な状態には絶対にしたくありませんし、この空間を存分に堪能し、豊かに暮らしていきたい」

 そう語るKさんは、子供たちに「自分の部屋から持ち出したものは、使い終わったら自分の部屋に持ち帰ること」をルールとして課すことに。最初こそ文句を言っていた子供たちも次第に習慣としてきちんと片付けるようになってきたそうです。

「子供たちはいまこそ暮らしや空間の豊かさをまったく理解できていないと思いますが、きっともう少し成長して、この家を出ていく頃に『いい家だったな』と思えるようになれば嬉しい。だからそのときまで、私は大切にこの家を守っていきたいと思っているんですよ」

分厚い柔道着も安心乾燥。

全幅の信頼をもって手嶋さんに設計を頼んだKさんですが、一つだけわがままを聞いてもらったことがあるそうです。それはランドリースペースに「乾太くん」を導入してもらうことでした。

「家族4人分でさえ日々の洗濯物はそれなりの量ですが、うちは下の子が柔道を習っているので練習や試合で使った道着がプラスされます。柔道着は生地が分厚く、乾燥にはかなりの時間がかかってしまう。ですから乾太くんの設置は家を建てるうえでの絶対条件だったんです」

型崩れを防ぐために道着は天日干しをするのが基本といいますが、家事効率を考えれば背に腹は変えられません。時間短縮のために、吹き抜け空間を有効に生かし、子供部屋がある上階から下階のランドリールームに向けて洗濯物を投げ渡すことが日常になってきているというのもシームレスな家の構造がなせる技でしょう。

乾太くん導入後の生活は一変し、1時間ほどで乾燥は完了。天候を気にしながら洗濯のサイクルを考えることもなくなり、日中に用事があって出かけなければならないときでも、乾太くんに任せておけば、帰宅時には作業はすべて完了。

「取り出すときには幸せすら感じますね。大袈裟かもしれませんが、すべての家の標準装備になればいいのにとすら思ってしまいます」とKさんは興奮気味に話します。

人としてきちんと生きる場所。

個室は子供たちの自立心を養う一方で、家族間でコミュニケーションを持つ機会が減り、関係性が希薄になると危惧する声も囁かれますが、Kさんのお宅では移り住んで以来、家族関係にどのような変化が訪れているのでしょう。

「うちは個室といっても入り口に扉も壁もありませんから、部屋にこもっていても家族が何をしているか窺い知ることができますし、少し覗き込めば視線を交わすこともできる。リビングにいても、誰がいつ起きて、洗面所で歯を磨いて、外出して、戻ってきたのかがすぐ分かりますからね」

前の家で感じていた家族に対するストレスが嘘のようになくなり、充実した時間を過ごしながら、ふと最近心に浮かんだ情景がある、というKさん。

「ここに暮らしはじめてから、なにげないうつろいに気づいて、感動することがあるんです。日が巡り、風がそよぎ、木々が少しずつ育っていくように、家族も暮らしも少しずつ成長していく。家は単に“住む場所”だと以前は思っていたのですが、いまは人としてきちんと生きていく場所のように捉えています」

 家族一人ひとりが存在を認識し、尊重し、関係を構築していく。丁寧に作り上げられた家が、美しい人のふるまいを導き出しているのかもしれません。

1階
2階
B階
断面図
題名
目黒の家
所在地
東京都目黒区
主用途
住宅
設計
手嶋保建築事務所
施工
栄港建設
構造
鉄筋コンクリート造
階数
地上2階地下1階
敷地面積
186.21㎡
建築面積
106.21㎡
延床面積
220.29㎡
設計期間
2021年9月〜2022年6月
工事期間
2023年5月〜2024年7月
Rinnai使用機器
ガス衣類乾燥機 乾太くん
Architect
手嶋 保  Tamotsu Teshima

1963年福岡県生まれ。86年東和大学工学部建築工学科卒業。吉村順三設計事務所を経て、98年手嶋保建築事務所を設立。日本女子大学、早稲田大学芸術学校で教鞭を執る。著書に『「伊部の家」原図集』『MIAKI 三秋ホールの風景と建築』など。

https://www.tteshima.com/